夢を夢らしく語ることは困難であることを承知の上で最近見た夢語り。
※自分としてはグロさは全くなかったのだけれど、そう感じられる人もいるかもしれない。
血液等、グロテスクな演出はなかったことを添えておく。
・両腕が二の腕のあたりで切り落とされ、地面に落としてしまう。白い道をひとりで歩いていたようだ。
これじゃ拾うこともできない、と悲しくなり、不安と疎外感のようなものをわずかに感じながら立ち尽くしていると、(ひとりでいたはずだが)近くにいた親密な人物がわたしに駆け寄り、泣きながら両腕を拾い上げ、あっという間に縫い付けてくれる。
ありがとう、と言って手をグーパーすると、何の支障もなく動くので、もう一度ありがとう、と言うと、その人はわたしの腕の縫い目をさすりながら泣いている。
もう元通りだから、泣かないで、とわたしは言う。手をいろいろ動かしてみてよく動くことを示しながら、「いや、ほんとによく動くな」と腕に意識が集中してしまう。
強く縫い目をさすられながら、慰撫されている、と思う。
両腕のはずだが、ほとんど右手のイメージでできている夢だった。
・目の異物感がすごく、目薬をさしても水の中でパチパチしてもとれないので、仕方なく目玉を洗うことにする。
目玉はなぜか白くなく、透明でクリスタルのような印象だが、わずかにまるみのある手ごたえ。
丁寧に流水で洗いながら、自分が目玉を洗っているという違和感に気づき、不安になる。洗っている目玉はこぶしより少し小さいほどのサイズがある。洗いながらも目の異物感は継続している。こびりついた裏側の汚れを右手の人さし指の爪先でそっと落として、ゆっくりと目にはめると、沈みこむような手ごたえがあり、視界が開ける。乾燥した目に目薬がしみこむような潤いを、かなり「実感」として目に覚える。
無秩序なビジョンから水中メガネをかけてプールにもぐったときのようなクリアなビジョンにゆっくりと変わり、「これはコンタクトと水中メガネのイメージが目玉に重なったのだな、わかりやすい比喩だわ」と思いながら目覚めた。
この夢も右目のイメージだった。サイズがやけに大きかったのは、最近ゆで卵をむいたりじゃがいもを洗ったりした手ごたえがイメージとしてかぶさったのだろうか?
・キッチンで立ったままプリンを食べている。
使っているフォークを見るとそれはデザートフォークである。プリンなのにフォークを使っていることに疑問はない。
デザートフォークなんて持っていなかったなと思いながら、じっとデザートフォークを見ていると、デ ザートフォークはやがて色を失い、デザートフォーク性を見失い、質感とかどうでもよくなり、線がばらけはじめ、線の問題になってしまい、最終的に三本のはるさめとして実体化?してしまう。
はるさめって、と思ってじっとはるさめを見ているとはるさめ性も失われていき、線のイメージが揺らぎはじめ、すぐにすべてのイメージを維持できなくなって夢がほどけてしまう。
場面がとび、山奥。老人男性が木を彫ってスプーンを作っている。生木の気配。
が、老人は下手なのかなんなのか、最後の仕上げでスプーンの丸いところと持つところのさかいめのポイントが折れてしまう。折れちゃったよ、と思うとまたすぐ仕上げの場面になり、確認するようにそれも折れてしまう。
折れちゃうのか、と思って見ていると、老人は全く気にした様子がなく、それを面白そうに笑うのに気まずく笑ってつきあう。楽しい気持ちになる。
よくできた一本をくれたので右手にそれだけを握って山道を帰る。
山道は霧の出た朝の気配だが寒くはなく、歩くのも辛くはなかった。
・恋人の実家が海辺で営業している、サーファー向けの駐車場兼カフェキッチンの2階のテラスから海を見ていると、唐突にテラスの手すりの下のほうから青い竜がのぼってくる。
下を見るとテラスの下は無限に続くかと思う深い穴で、ずももももと青い竜の身体がベルトコンベアのように上に運ばれていく動き。目の前に生き物の肌触りで、思わず右手をちょっと出して竜の腹を撫でる。見上げると晴れ渡った空、もう竜の顏は見えない。
日差しを避けてパラソルの下でビールを開けてひとりで昇っていく青い竜を眺める。下を歩くサーファーたちが青い竜に陽気に拍手したり口笛を吹いたりしている。
目覚めて、高校ぐらいのころも昇る青い竜の夢を見たことを思い出す。そのときよりディティールがしっかりあったのは、多分今ヘビを飼っているからだ。そして多分竜が昇って行くイメージは、『千と千尋』由来と思われる。
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