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脱ぎ捨てられる昨日

door to door

   

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用意のある自分、ない自分

以前、妹の暮らす部屋にむかい、夜のモノレールに乗っていたときのこと。
乗車してしばらくしたとき、ふとまわりの雰囲気がおかしくなった。

まず急にとても静かになった。
顏をあげると、横に立っている中年の男女二人組が、眉をひそめ、ため息をついたりしている。
ギターを背中に背負った学生グループが、ヒソヒソと話をしている。……露骨な笑い声。別のグループは時折、わざとらしいせき払いをして喉を殺して笑い合っている。
端のほうの席に座っていた若い男の子が「あ!」と唐突に大声をあげる。
乗客が皆そっちを見ると、何事もなかったように彼はそっぽを向いてしまう。しばらくすると彼はニヤニヤ笑いを浮かべている。隣の連れらしき男の子も笑っている。

モノレールは静かに進む。
窓の外は平日の郊外の夜だ。

なんだろう? この感じ。
どこか懐かしい嫌な感じ。わたしは少し動揺する。
まるで皆がそろって、「誰かを舐めている」かのよう。
皆が同じ誰かを意識している。なのに、意識していないかのようなふりをしている。
そしてそのことを隠していない。
誰かを挑発している。あるいは責めている……? からかっている。
でもそこには、その「誰か」本人が気づいて、自分のことかと周囲に問いただしても、皆が無視をして本人の勘違いにしてしまうような、白々しい威圧感がある。

わたしはすぐにまず、自分がその対象になってはいないかと不安になった。
同時に、この空気を感じた自分が何か勘違いをしているのではないかとも一瞬思った。
だってここは、あの息苦しかった中学校ではなく、東京のモノレールの中なのだから。

乗客はそれなりに多かった。不自然なほどの沈黙の合間に、ギターを背負った少年が、鼻をわざとらしくつまんで上をむくのが見えた。まわりの男女数人が笑っている。女の子が笑いながら、「もーやめなよ気づくよ」「悪いじゃん」とかなんとか言っている。
一体なんだろう?

見回してようやく気づいた。
出入り口のところにうずくまっているスーツ姿のひとりの女性がいる。
そこでわたしはようやく気づく。そういえば少し、異臭がする。
二十代後半ぐらいだろうか。彼女は嘔吐したらしかった。

もう随分時間が経っているようだ。全く気づかなかった。
隣に立っているサラリーマン男性が、ティッシュを彼女に渡している。彼女は頭を下げて、床をふいている。
ふいたティッシュを入れるために、男性が会社名のついた大きな紙封筒をクリアファイルから出して彼女に渡すのを見て、ああ、機転がきく人だなあ、とわたしは感心する。
隣のため息をついていた中年男女が迷惑そうにうずくまる女性を眺めている。中年女性のほうが、「ほんと最悪よねぇ」と男性に言う。
偏った考えかもしれないけれど、若いサラリーマンの男性がほんの2,3歩先で彼女の助けになっているときに、女の先輩である人がとる態度だろうか、と少し思う。

べつに皆が彼女に優しくするのが普通だとか、そうしないから冷たいとは思わない。
だからこそ車内がなんらかの雰囲気に満たされているのが意外ではあった。
迷惑がったり、嫌がったり、無関心に徹したり、避けて移動したりするならまだしも、なんだろうこの空気。なんというか、わたしは東京の電車でそういう一体感めいたもの、一定の感じに統一された支配的な雰囲気を感じたことがなかった。

隣の車両に行くこともできる。
なのにわざわざその場に留まって、彼女を消費しているようなこの状態はなんだろう? 迷惑を訴えるならまだしも、そろって彼女をあげつらっているようなこの感じ。
そんな妙な「なれなれしさ」を、わたしは東京の電車で感じたことがそれまでなかった。

かばんをあさって、何か使えるものがないか探してみる。
さすがに一緒にふくことは出来ないけど、彼女が動けるならティッシュはたくさんあったほうがいいだろう。
……が、何もない。
軽いショック。
若いサラリーマンの男性が、ティッシュや封筒を提供できているというのに、わたしは何も持ってない。自分がティッシュがさっと出てこない女なんだとこういうときに思い知らされる。街角でティッシュをもらっておけばよかった。

女性はむこうを向いたまま、のろのろと手を動かしている。
そうするうちに、ようやく車両の乗客が減ってくる。隣の車両に移動しているのだ。
匂いが辛くなった人もいるだろうし、留まって観客になってしまっていることに気がひけた人もいたと思う。迷惑だと思った人もいるだろう。
でも彼女のそばの席に座っている中年の男女はなぜか移動せず、鼻をおさえてにらむように女性を見つめ続けている。
若いサラリーマンの男性が目的の駅で降り、車内はまた静まり返る。
クスクスと笑い声。

どうしようかとまた少し考える。
自分は彼女が迷惑だろうか、迷惑だと思えば移動すればいいと少し考え、別にたいして迷惑だとも思ってないよなあ、と思う。そういうことってどんなになくしようとしても誰にでもあり得ることだと思うし、実際あったからといって自分はそれほど気にならないのだ。
別に自分にかかったとかいう直接性もなかった。
かばんからはやっぱり何も出てこない。降りる駅は近い。
何もしないのに、大丈夫かと声をかけるのも、賑やかすだけなように思える。
彼女はあまり見られたくないかもしれない。

そうこうしているうちに、向かい側に座っていたスーツ姿の中年女性が、よし!とばかりにすっくと立ち上がり、彼女にさっと歩み寄り、「あなた、これ使いなさいね」とハッキリとしたよく通る声で言い、ウェットティッシュをとりだし、何枚か抜いてさし出した。
「まず手とか拭きなさい」と言って隣に立っている。力強い態度だった。わたしはまず、その出てきたのが『ウェット』ティッシュだという用意のよさに驚いてしまう。なんだか知らないけど、おお、さすがだ、と思う。

そうこうするうちに、わたしは目的の駅に着いた。
自分の出来る範囲のことで、結局できることが何もみつけられなかったな……と思いながら、出入り口を通るときに、わたしは水をうたれたような気分になった。
近くで見た女性は想像していた以上に蒼白だった。
彼女はもう中年女性に肩を支えていてもらわないと座っていることもおぼつかない。化粧気のない顏がうつろだ。
彼女の身体で隠れて見えなかった床は、思っていた以上に汚れている。
彼女が手を動かしていたから、自分で始末できるぐらいなのだろうと思っていたのは全く間違いだった。手はなんとか動かしていただけらしく、掃除なんて少しも出来ていなかった。

周囲の状況から、なんとなく、ちょっと酔っぱらった女性が吐いたのだ、そんな女性を皆でそんなに辱めなくても別にいいじゃないか、ぐらいに思っていた。
彼女が酔っ払いだとは限らないではないか。
と同時に、酔っぱらった女性が吐いたとしたって、それがたいしたことではないということには全くならない。それはそれ以上でもそれ以下でもない。

提供できるものがあるだろうかとか、一緒に嘔吐物を拭くことはできないなとか、他の人の態度に対するリアクションしか考えていなかった自分を反省した。
やることは、他にいくらでもあったはずだ。
「大丈夫ですか。駅員さん呼びましょうか」
言いながら今更だなあ!と、自分の役のたたなさにあぜんとする。
女性の肩を支えながら、中年女性が、「あなたどこまで行くの」と女性に聞く。彼女はもやもやと何か言うけれど言葉になっていない。もう一度聞くと聞きなれない駅名を彼女は言った。
中年女性が頷いて、「あなたはもう行きなさい、ここは大丈夫だから」とわたしを真っ直ぐ見て言った。

無力。
はい、と頷いた目の前でドアが閉まる。

全部後手後手にしかならなかった自分を省みて、風通しのいいホームに立ち尽くしていると、同じ駅ではさっきのギターの青年のグループが降りていた。一旦降りて、次のモノレールに乗るつもりらしかった。
彼らは笑いながら、「ありえないよなー、すごい匂いだったなあ!」「マジで最悪!」などと話し合っている。「○○がいろいろ言ったりやったりするから、笑いこらえるの大変だったんだよ!」と女の子。ひとしきり状況を笑ったあとに、彼女は言う。
「でもあのおばさんとか!あんなことできるなんて偉いよね〜尊敬するよ、素敵だよね!」

その通りだけれど。
彼女を誰より笑っていたがわなのに、それらしくいいことを言うだけで、自分は安全な位置戻ったつもりなのかとわたしはちょっと思ってしまう。

思いながら、結局わたしも、その状況に個人的に対抗したかっただけで、彼女の力になりたかったわけでも、助けになろうとしたわけでもなかったことを考える。
彼女をそっちのけに、場の大げさな空気とばかり自分がつきあっていただけだった。彼女を消費していたのは、わたしだって同じこと。自分だけ彼女を傷つけるがわにまわらないようにしようとする傲慢さは、彼女を利用しているのにかわりはないだろう。

妹に会い、彼女が告げた駅名を聞くと、「結構遠い」とのこと。

あの中年女性、あの毅然とした、「任された」態度を、「大丈夫だから」というその言葉の響きの大丈夫っぷりを思い出し、彼女がどこへ向かっていたのかを思う。その駅まで行っていたら、多分終電はないだろう。

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