何年か前の真夜中に、
あの子猫のような彼女の1Kの部屋に少しだけ立ち寄ったとき
部屋には何も手がかりになるものが見あたらなかった
使われたそぶりのない存在感の薄いキッチン
ものが少なく清潔で 無駄がなく整理された部屋
すべてがどこかにしまいこまれていていて気配さえ感じられない
その部屋は、ただ今日の彼女のためだけにあるように思われた
圧倒される気持ちで
真っ白なベッドの上に置いてある可愛らしいクッションに見ながら部屋の真ん中に立っていると
「わたしちょっとおしっこしてくるね」と、ユニットバスに向かう彼女のその華奢な背中が遠慮がちに振り返り、ほんのわずかに眉を寄せ、
「わたし自分の部屋でひとりでするときトイレのドア閉めないんだ。閉めなくていい?」
わたしたちは少しお酒が入っていて、真夜中で
きれいな部屋の真ん中に立ったままのよそ者のわたしと
ひっそりと用を足す彼女
トイレから出てきた彼女が衣服を直しながら「行こうか」と笑うその顔を見て、どうしてこんなに可愛いと思ってしまうのか首を傾げた
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